自己嫌悪・自己卑下はどこから来たのか?過去を遡るカウンセリング2回目

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今持ってしまっている自己卑下、自己嫌悪はどこから来たのか?自分を否定せずに、自分と付き合えるようになるため、心理療法士のカウンセラーさんと週1で話をしています。

まだ泣かずに話ができるようにはなっていませんが、カウンセリング1回目を受ける前よりは、ひどく泣かずに喋れました。

2回目のカウンセリング

カウンセラーさんに「今日は何を話したいですか?」と冒頭に聞かれたのですが、正直、何を話せばいいのか分からなかったので「自分では自分の過去はたいしたものではない、と思っているところがあるので、何から話していいかわかりません」と答えました。

きっと、これを話したい、聞いてもらいたい、とすぐに話し出せる人もいるのでしょうけれども、私にはまだよくわからなかったからです。すると、カウンセラーさんは、小学生から中高生の頃に何があったか、どう感じていたかなど質問してくださいました。

生育歴を話して気づいたこと

記憶は曖昧で、話していることも本当にあった事実なのか、記憶の中で作りあげられた虚構なのか、もはや定かではないなと思いながら話しました。それでも意味はあるのでしょうか?

その時、親は、祖母はどういうことを言っていましたか?とカウンセラーさんに聞かれても、本当に具体的なことは思い出せないのです。それでも、当時、こういう状況だったと記憶している、そしてその時自分はこう振る舞わなければ、と思っていたということを言語化していきました。

自分は、おそらく「こうしろ!ああしろ!」と言われたわけではないのに、なぜか、自分で「こうしなきゃ」と勝手に思い込むなり、判断して、振る舞っていたのだなと気付くことはありました。

私は親のことについてよく知らないし、何となく触れてはいけないと思ってきたところがあります。

・自分が生まれる前の親の人生については聞きにくい
・自分の親の仕事内容について詳しく聞けない
・親の病状について詳しく聞けない

これらの思い込みが生まれた背景はそれなりにありました。

・親が地元で商売していたので、何となく気まずいと思うことがあった。
・親に離婚歴があり、子どももおり、自分が生まれる前のことは聞きづらかった。
・父親が体調を崩し、自分は思春期で気難しい時期、家族の会話が難しかった。

また、自分自身については、何となくずっと仲の良い友達がいないことで気を揉んでいました。子供の頃にありがちな、一緒に学校や塾に通う仲良しグループ、昼ごはんをいつも一緒に食べるグループ、そういう仲間にいまいち入れないことで自尊心を持てないでいました。もちろん個人的にとても仲の良い親友や幼なじみもいません。

今だったら、1人で通って勉強に集中して帰ればいい、と思うので、そんなグループいなくていいじゃんと言えるのですが、当時は周りになじむことを気にして割り切れませんでした。それを言うとカウンセラーさんが、「子供にとっては当然ですよ、それが全てみたいなもんでしょう」とおっしゃり、そっか、別にそう感じていた自分を情けなく思わなくてもいいのか、フツウなのか。と、少し安心というか、しかたなかったなと思いました。

あまり友達がいない自分は、誰からも認められていないように感じていました。そして、残念な子供時代だったなーとずっと思っていました。

2回目のカウンセリングの後に思うこと

自分が情けなく思っていた子供時代も、当時はそうしか思えなかったわけですし、他の世界を知らない、他の振る舞い方がわからない状態だった、ということで憂い続けず「しょうがないね」と受け止めて、負の感情を抱かなくなれたらいいなと今は思っています。

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