「ネズミの楽園(ラットパーク)実験」は、薬物依存症の原因を探るために行われた有名な研究です。
狭い檻の中で孤独なネズミと、広い空間で遊具や仲間もあるネズミを比較して、薬物を摂取量を調べました。
ラットパーク実験について、概要、結末、反論などをまとめます。
ネズミの楽園(ラットパーク)実験の意義
薬物依存症(アルコールやタバコも)の人々に対して、このようなイメージがないでしょうか?
- 意志が弱い
- 自己管理ができない
- 甘やかされている
- だらしない
- 自業自得
人格の弱さを責められたり、危険な人物だと扱われるような、社会的な差別や偏見(スティグマ)があることはぬぐえません。
しかし、ラットパーク実験では、従来の考え方と異なる結論が示されました。
依存症の人の人格を否定するのではなく、別の視点が提示されたことに意義があります。
ネズミの楽園(ラットパーク)実験とは
1970年代後半、カナダの心理学者ブルース・K・アレクサンダー(Bruce K. Alexander)とその同僚たちが、薬物依存の要因を探るために、ネズミを使って、環境の違いがモルヒネ摂取に及ぼす影響を調べました。
ネズミの楽園実験の概要
合計32匹のラットを使用して約80日間にわたる実験が行われました。
①ネズミを2つの環境に分けた
・豊かな環境:広々とした空間に仲間のラットたちを入れ、遊具もある(快適な環境で社会的交流が可能)
・個別な環境:狭いケージに単独(窮屈で孤独)
②薬物摂取行動を観察した
モルヒネを溶かした水(モルヒネは苦いので砂糖を混ぜた)と、普通の水を用意し、それぞれのネズミが選択して飲む量を比較した。
ネズミの楽園実験の結末
孤独な環境のネズミは「孤独な檻の中で頻繁かつ大量のモルヒネ水を摂取しては、日がな一日酩酊していた」。
一方で、豊かな環境のネズミは薬物の摂取は孤独なネズミの20分の1程度だった、という結果が報告されました。
豊かな環境のネズミは、「他のネズミと遊んだり、じゃれ合ったり、交尾したりしてなかなかモルヒネすいを飲もうとしなかった」と、薬物への関心の低さが見られたのです。
さらに、その後、モルヒネ水ばかりを飲んで酩酊していた孤独な環境のネズミを、楽園のネズミ(豊かな環境)の中に入れると、他のネズミたちと遊び交流するようになり、普通の水を飲むようになった、という結果が見られた。
ネズミの楽園実験の結末から読み取れること
つまり、楽園のネズミは仲間たちと他の楽しいことに忙しく薬物への関心が低かった。孤独なネズミは、楽園ネズミの20倍薬物を摂取した。
しかし、孤独が解消され楽園で社交的に生活できるようになると、依存状態が解消された、と考えられます。
環境要因と薬物依存の関連性
ネズミの楽園実験からは、薬物依存を単に薬物の化学的作用だけでなく、環境や社会的要因によっても影響を受けることを示しました。
環境による影響が大きくあること、そして環境が変われば依存症から抜け出せる、という新たな視点。
孤独感、ストレス、環境、これらが薬物依存を悪化させていると言えます。
仲間がいて、刺激が多く、豊かな環境では、薬物摂取の欲求が減少させられると考えられます。
ネズミの楽園実験への反論
とてもインパクトの強いネズミの楽園実験ですが、反論や批判もあります。
- 実験環境を忠実に再現したにもかかわらず、アレクサンダーの研究結果を再現できなかった。
- 動物実験の結果を人間に直接適用することには限界がある。ラットと人間の社会的・文化的な違いが考慮されていない。
など。反論の実験についても今後読んでみたいと思います。
参考文献
人はなぜ薬物依存症になるのか 行動医学研究 松本俊彦 著 · 2020
〈教育講演〉 人はなぜ依存症になるのか 松本俊彦 著 · 2018
Effect of Early and Later Colony Housing on Oral Ingestion of Morphine in Rats